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「持論」 … 『石川保険医新聞』第475号主張欄 (2011年11月号)
東北大震災から、すでに八カ月が過ぎようとしている。被災された住民の方々、さらには、今なお被曝の脅威に曝されている福島の皆様に、心よりお見舞いと連帯の気持ちを表明したい。
保険医協会主催の「原発、いのち、みらい」と題した講演会も、すでに三回を重ねている。このシリーズは、原発という人類共通のリスクに対し、私たち自身があまりにも無知であり、無関心であり過ぎたという痛切な反省から生まれてきたものである。自然が与えた災厄から、何を学び取り、いかに未来に生かすのか? それこそが問われている。
原発事故は、人災である。それ故に、原発は技術的には安全だという科学者がいる。今なお、原発を輸出するという国是にしがみつく政府もある。そして、「原発なしに日本の生きる道はない」と語る経団連トップがいる。何かおかしくはないか?
人がこの世に生きていく上で、原発は本当に必要不可欠なものなのか?
原発がなければ、人は幸せにはなれないのか?
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原発廃炉へのロードマップを示せ
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震災がわれわれに問いかけているものは、まさしく根源的命題なのだ。
協会は今、主に原発事故が生み出したさまざまな事象を科学的側面から検証している。内部被曝、土壌・大気汚染、使用済み核燃料、学べば学ぶほど自分たちの知らない事実が出てくる。そして、途方にくれる。だが、この問いかけは、まだまだ続けなければならない。そうしなければ前に進めない。
私たちが、まだ学びの途上にあるのは事実だ。それでもなお、原発は廃炉へ進むべきだと断言できる。なぜなら、今の日本に原発を動かすだけの人的システムは存在しないからである。
原発の裏に動く膨大なお金。政治家も原発立地自治体も、そのお金に翻弄される。稼働が前提の下に動く経産省、原子力安全・保安院、原発安全委員会。数々のやらせと情報の隠蔽。事実の一つひとつがこの国には、原発を動かす資格などないことを証明している。
国家の意志がないところに、新たなエネルギー政策など生まれようはずもない。なすべきは、脱原発の波をやり過ごすことではない。原発廃炉へのゆるぎない意志と、明確なロードマップこそを示すべきなのだ。 |
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